一番太鼓が打たれて昼席が始まる。老若男女入り乱れ、ワクワクとした顔が
繁昌亭に吸い込まれてゆく。昨秋以来の金融危機や雇用不安、さらに、迷い道に
紛れ込んだかのような政治の混乱。そんなこんなの理屈は抜きで、今日も繁昌亭は
賑わっている。
 それもそのはず、考えてみれば落語の噺はそのような社会のアレやコレヤを
暗く鬱屈させるのではなく、明るく笑い飛ばすストーリーそのもの、しかも意味
不明の馬鹿げた笑いではなく、ちょっとクスクス考え抜かれた知恵や考察で練った
芸。いま毎日見ているテレビの向こうの「エライさん方」より、よっぽど博識で
間の持ちがよい。なにより噺家は「漢字」の読みもしっかりできる!!
 天神さんの大工門(このあたりの昔の町名は「大工町」、天神さんの営繕を 
担う人たちの集住地であったらしい。だから、大工門)から眺める昼席入場前の風景には、
いつも「ホッ」とさせられる。いろいろな背景を持っているであろう
大の大人たちが子供のような顔つきで、これから3時間以上「一人の噺家の話芸の上で
寝そべってやろう」と、裸の顔つきをしているからだ。
   昔、あるエライさんは、入場料が何万円もするオペラや西洋音楽だけを毎夜のごとく
楽しんだと聞く。それもいい、それもいいのではあるが、その何回かに
一回は2千円ほどのコストで3時間以上、ゆったりとしたユーモアを日本の物語の中に
発見すればよかったのに、と、本気で思う。
 上方落語、このストーリーの中にはちゅんちゅん汗する雲雀や雀は似合っても、
えげつなすぎるハゲタカは似合わない、かっこ悪い。
 「あっ、そう言えば」人を騙す狐の噺はあったかなぁ〜
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 「繁昌亭昼席開演で〜す!」いつもの賑やかさに心もなごむ